Oh La Lan Lan♪

結婚2年目、ゆとりでミーハー

【お盆】おじいちゃんが教えてくれたこと その2

それでも大好きなおじいちゃん②

 

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我が道をゆく、それが長生きの秘訣なのかも

 

おじいちゃんは、わたしが中学生のときに

食道がんの手術をしています。

街の病院に入院していたこともあり、

おじいちゃんのお見舞いと言って

買い物ができるのが嬉しかったです(クソガキ)

 

おじいちゃんは家に戻ってきてから

最初こそは療養食のようなものを食べていましたが

結構早い段階で普通のご飯を食べるようになりました。

晩年は嘔吐することもありましたが、よく食べる!

本当に手術をした人なんだろうか、

というくらいしっかり食べます。

 

少し食べ物に気を遣って生きるのでしょうが、

残さずなんでも食べる精神は

亡くなるまてずっと続いており、

夜中にこっそりお菓子を食べては

わたしに口止めのお菓子を渡していたものです。

 

いつ死ぬかわからないから、好きなものを食べる

といい続け

結局30年以上生きました。

 

お酒も量はかなり減りましたが

少量でもお盆と正月は一緒に飲みました。

 

どんな天気でも、必ず外にでて

銭湯に行くのは欠かせませんでした。

 

気に入らないことがあればその都度

大声で怒鳴っていました。

 

田舎なので趣味という趣味はそれほどありませんが

畑仕事はしっかりこなしていました。

 

やりたいことは、何があってもやり通す。

ワンマンなところもありますが、

ストレスをためないとはこのことでしょう。。

 

 

待っててくれた

 

とあるお正月。

わたしは夫くんとなる彼を連れて実家に帰りました。

いわゆる、娘さんをくださいというやつです。

 

わたしは彼氏ができても家に連れて行くとや

親に気軽に話すような性格ではなかったので

みんな構えて待っていました。

 

おじいちゃんは、耳も遠くなり

大声で話すことが増え、

年寄りらしい自分の思い通りにいかないと

怒っちゃうことが増えたり、

歩くスピードもかなり遅くなっていました。

ぶつけたところのアザが消えなくなり

身体中内出血の後で赤紫のアザが多く残っていました。

ご飯も食べているはずなのに、

かなりガリガリになりました。

 

それでも夫くんと一生懸命に話しかけていました。

歯もないのに、さらに強烈な訛りなので

わたしですら聞き取りにくい、

でもおじいちゃんはまた次のお盆に会えると思っていました。

 

そのとき、おじいちゃんは歳とはいえ

まだまだ亡くなるような雰囲気は見せていまさんでしたが、

その半年後に突然亡くなりました。

転ぶことが増え、何度か病院にお世話になることがあったそうです。

 

ある日突然、大きな音を立てて家の中で倒れ

打ち所が悪かったのか弱々しくなってしまい

そのまま完治せずに永眠したそうです。

91歳でした。

 

おじいちゃんは、わたしの結婚の報告を待っていたんだと思います。

 

 

笑いであふれるお葬式

 

おじいちゃんが亡くなったのを聞きつけて、

すぐさま実家に戻りました。

納棺には間に合ったので、

お客さんの対応にバタバタと追われていました。

 

妹も間に合ったのもあり

納棺の前に、棺桶に入れるものを家族で探していました。

わたしは、亡くなる直前はあまりたくさん食べれなくなっていたのもあり、

食べ物の写真をたくさんいれました。

焼肉やパスタ、ピザや中華…

いいのか悪いのか、

葬儀屋さんにナイスアイデアと褒められました笑

 

またおじいちゃんは、地元の消防団にいたこともあり、

手ぬぐいも入れることになりましたが

妹とラクガキをしまくりました。

 

そういえばいっつもそろばん使っていたから

そろばんの絵を描こう!

 

お肉の絵とか描こうよ

 

ラーメンもよくない?

 

そういえばカツ丼うまかったよね!

 

ワインとかさー

 

アイスもあるわ

 

漬け物とヨーグルト大事!

 

なんなら口癖も書こうよ(訛り全開の口癖)

 

テレビ消せっていっつも言われてたわ

 

言うこと聞かないと小遣いあげないとか

 

なんか食べてると、絶対俺にもくれって

言ってたよねー

 

父も母も乗っかってきて

わたしが絵担当、

妹が口癖担当で

手ぬぐいに描きまくる書きまくる。

 

唯一夫くんだけが、

ももちゃんを大事にします!

なんて真面目なことを書いてましたが、

姉妹の落書きの端っこでひっそりしていました。

 

90を越えると大往生ということもあり、

久しぶりに集まった親戚一同も

酒を飲みまくりの大騒ぎ、

ちょうどいい夫くんの顔合わせになりました。

酔うとさらに訛りがみんなきつくなるので

半分以上何を言ってるかわからなかったそうです笑

 

その中でも、おじいちゃんの過去の悪い話も出ましたが

(もちろん笑えるものです)

みんながよくやってくれた人だと

別れを惜しんでくれました。

 

7人兄弟のおじいちゃんは、

ほかの兄弟が亡くなってから

一番最後に天国に生きました。

昔の長男という感じがします。

 

いろんなものを持たせて(突っ込んで?)

旅立ったおじいちゃん。

きっと今頃、落書きし放題の思い出の手ぬぐいに、

孫の写真を持って自慢しながら

食べ歩きをしているでしょう。

 

表現は軽いですが、

まさにキャラが強い。

家族には迷惑ばかりかけてきたのでしょうが、

その分、今でもネタにしては

みんなで笑っています。

 

ちなみに、おばあちゃんは一番大変だったと思います。

ワンマンなおじいちゃんにずっと耐えてきたのもあり、

亡くなったあとの顔が晴れやかで元気!

 

葬儀中には爆睡してて

私たちを笑わせてくれました。

まあ歳もあるでしょうが…苦笑

 

 

虫の知らせか

 

おじいちゃんが亡くなった数ヶ月後、

胃カメラにびびっていた父が

健康診断で胃カメラをしたとき

胃ガンが見つかりました。

 

ステージ4で、本来であれば

1年以内に亡くなっていたと思います。

気丈に振る舞っていた母でしたが、

通院手術の付き添いで

少し気が弱っていたのと、

疲れが出ていたのはわかりました。

 

おそらくおじいちゃんと同じくらいの年齢での発見です。

好きなものを食べ、飲みすることは

いいことではありますが

歳をとってからの反動は必ずありました。

 

前述にもあるように、

父は手術を含め、抗がん剤治療等で回復に向かい

今もなお闘病中です。

 

ですが、食べ物の制限がほとんどなくなった今、

食べ物は幸せでもあり、悪魔にもなります。

良くも悪くも身体は食べ物から作られることがわかります。

どんなに好きでも、大食い大酒飲みはダメですね…

 

 

おじいちゃんありがとう

 

お盆やお正月に、仏壇に手を合わせる度に

おじいちゃんにひとこと心の中で話しかけるのですが、

帰省をすると決まって小さな虫が飛んできます。

 

ご飯が乗ったテーブルの上をふらふら。

みんなが談笑しているところをふらふら。

 

なんだかおじいちゃんが帰ってきたようで

簡単に退治ができません。

 

おじいちゃんが亡くなって2年が経とうとしています。

父を始め、みなそれぞれが元気に暮らしています。

 

人が亡くなるということは怖いし悲しいけど、

ずっと覚えられる存在であることは幸せかもしれません。

 

これからも家族みんなが仲良く元気であるよう

ずっと見守っていてほしいし、

先人の直感を働かせて守ってほしいし、

たまには叱ってほしいです。

 

おじいちゃんに毎年会えるよう、

わたしはまた頑張ります。

 

 

 

というのを、留学のときに持っていったアルバムを見つけて、

おじいちゃんの写真を見て書こうと思いつきました。

 

たまには亡くなった人のことを想いながら

地元という原点に帰る、というのが

お盆の醍醐味かなあと思います。

 

 

おじいちゃん、また帰ってくるから

それまでみんなのことよろしくね。