Oh La Lan Lan♪

結婚2年目、ゆとりでミーハー

【闇日記】適応障害になってわかったこと その4

克服したい。

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なぜだろう、飛行機よりも電車や新幹線のほうが周りの異臭がきつい…帰省の闇。

 

自分を助けられるのは自分だけ

 

適応障害を診断されたわたしは、

ずっと信じていた上司に

がんばれ、負けるな、の連呼をされていました。

これが元気なら心に刺さったかもしれませんが、

上司の前でも涙が止まらず、

涙が止められなかった自分が悔しかったです。

 

そして、休職もダメでした。

入社してまだ間もない試用期間中は

適用にならないのだと。

ジェルさんに言われて、穴が空くほど読まされた就業規則に書いてある通りでした。

そういう仕事も好きだったのに、

いつのまにか苦手になっていて

覚えられなくなっていくのがわかりました。

 

わたしに叩きつけられた選択肢は、

辞めるか、来るか。

 

応接室の扉を開けて、

オフィスフロアに行こう、と。

今こそ戦うんだ、的な。

 

この泣きっ面でジェルに会えと?

行ったところで何を彼女は言ったのか気になりましたが、

ああそれしか言えないんだ、

上司は自分の株が下がるのが怖いんだ、

と感じてしまい

くだらなくなってしまって

辞める選択をしました。

 

受付で、上司に見送られて

エレベーターまで誰かに会いたくなくて

うつむきながら帰っていくときは

あっけなく3ヶ月で会社を辞めてしまった罪悪感と後悔と、

もうあの女に会わなくていいという小さな幸せと、

上司への軽蔑が入り混じって

ぼーっとしながら家に帰りました。

 

3ヶ月で会社を辞めたことは

親には言えませんでした。

 

上司との面談が終わったあと、

夫くんに連絡をしたらすぐに電話がかかってきて

「がんばったね」と言ってくれて、

家に帰ってからもぎゅっと抱きしめてくれて

また泣くのでした…

 

 

それからの生活

 

しばらくは薬を服用していたので眠気もあり

少しムカムカした毎日を送っていました。

たまに心療内科に行き、薬をもらい、

気晴らしにスーパーに行き、

夜ご飯を作るようになりました。

朝は起きれないので、夕飯は豪華に

夫くんに何も稼いできていない自分が申し訳なくて、

夜ごはんを作っては夜遅くまで待って

一緒に食べる生活を送りました。

 

そんななんでもない毎日が

なんだか楽しかったです。

ひとりなので、夫くんが帰って来ることが楽しみでした。

ただ雨の日は外に出られないので気分は落ち込みました。

 

調子が上がってきたら

通っていたジムにも真剣に通い始めました。

身体が重くて毎回筋肉痛。

でも運動することで気分がすかっとして

ひとつの動きができるようになると嬉しくて

自分ってこんなに運動神経よかったんだと気づき

どんどんハマるようになりました。

 

そして、少しずつふつうの精神状態が保てるようになったころ

おじいちゃんが亡くなりました。

 

葬式て戻った時、また仕事を辞めたというと、

母は少し呆れていましたが、

辞めたことで長いこと実家にいられて

家族と過ごせて楽しかったです。

おじいちゃんが亡くなったことは悲しいのですが、

たくさん笑って、幸せでした。

 

そして、戻ってきて入籍をしました。

わたしは、専業主婦になりました。

適応障害持ちのポンコツ妻です。

 

入籍したとき、わたしはこのまま専業主婦でもいいかな〜と思っていました。

優しい夫くんのために生きるのもありかな、

と思っていましたが、

なんだか家族やおじいちゃんに申し訳なくなっていて

なにか変わらないとこのまま平穏を生きることになる。

いつでも自慢できる孫でありたい

今更ながらそんなおじいちゃんの気持ちが

背中を押してくれたのかもしれません。

 

 

病院通いをやめる

 

そしてわたしは心療内科に行くことをやめました。

気持ちが晴れてきてるのもありましたが、

このままだとやばいと思い始めたのです。

 

適応障害は、適応できない障害物がなくなると

回復できる病気です。

なので、都合のいい病院とも言われます。

 

ジェルさんは美人である芸能人にも似ていたので、

テレビでその方を見るたびに嫌な気持ちにはなりましたが、

会社に行かなくなってからどんどん回復しているのがわかりました。

 

やばい、と思うのは何より

何もしていない自分に対してやばいと思い始めていました。

 

元々働くのは嫌いじゃないし、

よく考えたら結婚式もある、

大好きな海外旅行も毎年行きたいし、

洋服も買いたい、

おいしいごはんも食べたい…

でもいつも夫くんの財布に頼りきっていて

これではなんだか自分にとってよくない…

 

なんだか欲が出てきました笑

 

なので、働こう!と思い、

まずはきっぱり心療内科を辞めました。

その日の病院では、お母さんと子どもとおばあちゃん

(お母さんからしたら彼女のお母さん)が一緒にいましたが、

患者はお母さんで、辛そうで覇気がないのににらみつけるような目でおばあちゃんを見ていて

自分も前までそうだったんだと思うと、

診察室に入っていくお母さんを心の底で応援していました。

 

人は何がきっかけで心が傷つくかわかりません。

幸せだと思ったことが、敵になることもあります。

でも、自分のことは責めなくていいと思うのです。

偶然出会った敵が、倒せないくらい手強かったんだと思います。

それでも無理に倒さなくてよくて、

道草をたくさん食べて、回り道をしていいと思います。

そうやって今の安定したわたしがいると思います。

 

心療内科からの帰り道、

少し目の前が明るかったです。

 

続く!